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炎の刻印-azure blaze-*第二十五話
第二十五話


*****


女の口元が歪んだ弧を描く。同時に、肌を斬るような冷たい風が吹き荒れた。降り積もった雪が風に巻き上げられ、視界が白く塗りつぶされる。
雪に混じって、硬い氷の粒が四方から打ち付ける。それは凍った湖面にめり込む程の恐るべき速度で彼らに牙を剥いた。

「姑息な奴め・・・」

防壁を張り、氷塊を凌ぐルキノ。相手の気配を探りながら、彼は小さく舌打ちする。

「それは褒め言葉だぜ?」

荒っぽく声を投げ返し、アリスは周囲に炎を巻く。舞い踊る火焔が氷を溶かし、熱せられた大気によってそれらは一気に昇華する。
鮮明さを取り戻した視界の中に、彼女は突如現れた。

「危ない!」

相手が手を差し出す同時に、アリスはルキノを突き飛ばした。その足下から、氷の柱が湖面を突き破って現れる。後方に飛び退くルキノを追うようにして、巨大な氷の塊が湖から次々と突き上げられる。

「ふふっ。もっと華麗に踊ってみせなさい」

湖面を滑るようにして、ナターシャはルキノの背後に回り込む。追い立てる氷をかわしながら、ルキノは彼女の姿を横目で捉えた。その顔は、闇に満ちた笑みを浮かべていた。彼の表情がわずかに歪む。
咄嗟に宙に飛び上がったその真下から、極限まで冷却された湖の水が爆発的な勢いで吹き上がった。高速の冷水は、砕かれた氷と共に凶器となって襲いかかる。風を纏い更に上空へ舞い上がるルキノ。しかし、噴き上げられた水はそのまま重力に従うことなく、うねりながらルキノの後を追っていく。まるで意思を持っているかのように、縦横に逃げ回る彼を追撃する。
ルキノは空中で蒼焔を纏い、迫り来る魔の冷気に灼熱を叩き付けた。耳障りな音と共に、水の魔物は大気の中に溶けていく。だが、それだけで終わりはしなかった。彼を追っていたのは単なる水ではなく高濃度の魔力の塊だ。ぶつかり合った魔力が爆発を起こし、爆風がルキノの体を呑み込んだ。

「うわあぁっ!」

抗うこともできず、ルキノは爆風によって吹き飛ばされた。

「ルキノ!」

氷上でサキが叫ぶ。足を踏み出そうとした彼女の目の前に、ナターシャが立ちはだかった。

「貴方には他に仕事があるのよ。大人しくしていて頂戴」

「誰が聞くもんか!」

見下すような笑みで牽制する相手の言葉を、サキは勢いのまま撥ね付けた。腕を振り上げ、空気弾を叩き込む。
ナターシャの瞳が怪しく光る。サキの魔法を、まるで蝿をあしらうかのように払いのけると、嘲笑を浮かべながら彼女を睨める。

「じゃじゃ馬が過ぎると、後で痛い目を見るものよ」

そう口にするナターシャの背後には、無数の氷の塊が浮かんでいた。刃のように鋭利な形をしたそれらは、例外なくその切っ先をサキに向けていた。女は低い声を放つ。

「さあ、大人しくなさい」

「黙れ!」

怒声と共にサキは手を突き出した。その手には、呪文の記された紙が握られている。

と、ナターシャの足下に赤く光る五芒星が現れた。次の瞬間、真っ赤な火焔が彼女の姿を呑み込んだ。サキが風を送り込むと、炎は更に激しく炎上する。しかし

「だから、あなたはじゃじゃ馬でしかないのよ」

背後から聞こえた声に、驚き振り向くサキ。その目に映ったのは、彼女めがけて飛んでくる無数の氷の剣。身を屈め潜り抜けるも、逃げる彼女の背後から鋭い氷柱が雨の如く降り注いでくる。呪札で炎を起こすも、きりがない。

と、降りしきる氷の雨を、突如巨大な火柱が呑み込んだ。そのまま炎は地を這うようにしてナターシャに迫る。

「行け!」

声の主はアリスだった。だが、彼の姿はサキからは見えない。
迷っている暇はなかった。サキはすぐさま駆け出し、ルキノが飛ばされた先へ向かった。


炎が消え、水蒸気が立ちこめる中、アリスとナターシャは一定の距離を置いたまま睨み合っていた。

「アリス・・・私に勝てるとでも思っているの?」

口元に妖艶な笑みを浮かべているものの、彼女の瞳は笑っていない。

「負けるつもりはないですよ」

無論、アリスの顔に笑みなどなかった。彼は十分すぎるほどに理解していた。生半可な気持ちで勝てるような相手ではないと。

「運命を受け入れなさい。あなたは私に殺されるの」

腕を組んだままの姿勢で、ナターシャは静かに語りかける。その言葉がアリスを動揺させるには最も有効だと、解った上で。
彼の琥珀色の瞳が、わずかに揺れる。それを認めたナターシャは、ふふふ、と、嫌らしく笑みをこぼした。

「地獄の業火でも熔けることのない、永遠の氷像にしてあげるわ」

組んだ腕を解き、その手をアリスに差し出す。すると、炎で溶けかけた湖面がピキピキと音を立てながら、再び厚い氷で覆われた。足下から立ち上る冷気が、彼の体温を奪う。
アリスは唇をきつく噛みしめ、嗤うナターシャの瞳をにらみ返した。

「あんたの芝居は、もううんざりだ!」

叫ぶと同時に、両手に炎を纏う。腕を振り払い、火球をナターシャに叩き付けた。

「生意気ね。いつからそんな口がきけるようになったのかしら」

彼女の顔から笑みが消える。後方に飛び退き、ナターシャは冷気を放った。アリスの炎が吹雪の勢いに圧され消滅する。しかし、彼は怯むことなく吹雪の中に飛び込んでいった。炎を激しく炎上させ、吹雪を呑み込み、ナターシャに迫る。
彼女は湖から巨大な氷を突き上げ、壁を作りあげた。道を切り開くべく、アリスは壁に熱を放ち融解させる。
水蒸気で不鮮明になった視界を、ナターシャが吹雪を起こし、更に狭めていく。
舌打ちするアリスに、四方から氷塊が襲いかかる。炎で振り払い、身を捻ってかわし、術者であるナターシャを探す。
煙った視界の中、わずかに揺れた影を狙って、アリスは魔力を放った。立ち上る炎。蠢く影を追い立てる。溶けた氷が水たまりを作り、足下を不安定にする。アリスは立ち止まったまま、炎を凝縮させ、一気に爆発させる。爆風によって蒸気が吹き飛ばされ、視界が広がった。だが、それと同時に足下の水たまりがピキピキと一気に氷に戻っていく。彼の足下も例外なく、水の中にブーツを捕らえたまま氷結していく。

「なにっ!?」

驚き足下に目を遣るアリス。と、その時だった。

「ぐあっ!」

気を取られた彼の脇腹に、硬い氷の塊が食い込んだ。体勢を崩したアリスを、姿を現したナターシャが容赦なく蹴り飛ばした。氷上に転がった彼の姿を蔑むような目で見下ろし、静かに近付いていく。
苦痛に顔を歪めながら、アリスは体を起こそうと冷たい氷の上に手を突いた。と同時に、頭に鈍い痛みが走る。そして次の瞬間、それは頭が割れそうなほどの激痛に変わった。

「あ゙ぁああぁっ!」

悲鳴を上げるアリスを、ナターシャは表情のない顔で見つめていた。
彼の頭を、ピンヒールで踏みつけたまま。

「見ていて苛々するわ。あなたみたいな子」

静かな口調の中に、苛立ちが垣間見える。それを示すかのように、激痛に喘ぐアリスの頭を、尖ったヒールで更に強く圧迫する。

「運命に縛られて生きながら、何をそんなに楽しそうにしているのよ。虫酸が走るわ」

足を外したかと思うと、今度は彼の脇腹を思いきり蹴り付けた。苦痛に呻き、咳き込む彼の姿を見るナターシャの瞳には、憎悪にも似た感情が満ちていた。
アリスは苦しげに表情を歪めながらも、体を起こし、口を開いた。

「受け入れて・・・何が悪い・・・」

顔を上げ、ナターシャの瞳を睨み返す彼の目は、決して敗北者の目などではなかった。

「あなたこそ、宿命から逃げているだけじゃないのか・・・?」

「何ですって?」

アリスの放った言葉に、今度はナターシャが動揺の色を浮かべる。

「何がしたいのかは知らないけど、破壊から生まれるものなんて悲しみ以外には何もない」

よろめきながらも立ち上がった彼は、はっきりとした言葉でナターシャに食いかかる。

「あなたたちは破壊に逃げているだけだ。それを運命だと押しつけられるのは御免だ。俺は、俺の宿命に従って生きる」

琥珀色に光る瞳は、確かな力を宿している。険しい顔で相手を睨みながら、アリスは低く、言葉を放った。

「あなたと、一緒にするな・・・」

途端、ナターシャの顔が怒りに歪められた。

「何も知らない子供が、知った風な口を利くな!」

声を荒げたナターシャは、アリスに冷気を叩き付ける。彼も負けじと、幾つもの火焔の柱を相手に突き出した。しかし、消耗した彼の魔法は、ナターシャの魔力の中に呆気なく呑み込まれていく。逃げるには時間が足りない。アリスの表情が、硬くなる。

「塵と消えろ!!」
01/16 19:21 |  炎の刻印
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