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刻印の2年前、フォルセティの機関員ソニアとアレックス(とエルザ)の話。
***** 嗅覚を狂わせる血の臭い
次第に薄れゆく意識 ぼんやりとした視界の殆どを占めている赤い色は、私の血だ。 ああ、あたし死ぬんだ… 恐ろしい程冷静に、私はそう思った。 いつも通りの任務と思って、いつも通りに遂行したつもりだったけど…どうやら心に隙ができていたみたいで。気付いたら、相手に脇腹をバッサリやられていた。 命じられた任務はなんとかやりきったけど、それを報告するのは…もう無理だろう。 そういえば、洗濯物干しっぱなしだ。部屋すっごく散らかってるんだけどどうしよう…。冷蔵庫に入れておいたお菓子、食べ損ねちゃったな。 そんなどうでもいいことばかりが脳裏に浮かんで、消えていく。死ぬ間際に、今までの人生が走馬灯のように頭をよぎるっていうの…あれは嘘なんだ。いや、思い出がある人なら、そうなるのかもしれないけど、私には、この期に及んで思い出したいような幸せな記憶なんてない。だから、別にこんなバカみたいなこと考えながら死んでいくのもありかなあ、なんて思ってしまう。 感覚が、麻痺していく。痛いのか熱いのか、寒いのか…わからなくなってきた。瞼を閉じると、闇が目の前に広がった。その闇に、吸い込まれていきそうな感覚を覚える。底無しの深い深い淵へ、自分が落ちていくように感じた。 ――……ア…! ふと、誰かに呼ばれたような気がした。 幻聴か…。こんな時に人恋しくなるなんて、我ながら情けない。だいたい、このピンチに誰かが助けに来てくれるなんて、安い芝居でもあるまいし、そんな都合のいい事が起きるわけない。 ――…ニア! いや、幻聴ではなさそうだ。遠くから、でも確かに、私の名前を呼ぶ声がする。 目を開けるだけの力は、残ってなかった。 声の主がわからないまま、私は誰かに抱き上げられた。 三文芝居だよ… 「ソニアぁっ!」 薄れゆく意識の深層にまで鮮明に響く声。悲痛な叫びが心を揺らし、今になって、死ぬことが怖くなってきた。別れが、辛い…。もう会えなくなるっていうのが、これほど悲しいなんて思ってなかった。 ごめんね こんな所でお別れだなんて… 暖かい腕に包まれている私。失いかけていた感覚で、かすかに感じ取った 彼の匂い… エルザ…ごめんね… * * * * 目を覚ましたら、そこは医務室の寝台の上だった。 私はまだ、死んでいない。生きている。 まず、その事実を理解するのに結構な時間を要した気がする。 あれからどのくらい時間が経ったのかわからないけれど、部屋の中は薄暗かった。物音一つ聞こえない。たぶん、真夜中なんだろう。 なんだか心細くなって、横に目を向けた。 誰かが、椅子に座っていた。眠っているのか、目を閉じている。 あれ…誰だろ… 一瞬そう思って、そして、そう思った自分が次の瞬間には可笑しくてたまらなくなった。 誰だろうって、散々顔あわせてる上司じゃない。そりゃないでしょ。あ、でも眼鏡外した顔見るのは初めてかも。ていうか…司令の寝顔拝めるなんて相当貴重な体験じゃないの! 普段は絶対にお目にかかれないような、無防備な表情の我が司令官。最初に彼だと気付かなかったのは、いつも彼が纏っている冷たいオーラがないせいだろうか。 それにしても、思っていた以上に綺麗な顔だ。普段まじまじと彼の顔を見る事なんてないから、思わずじっくり眺めてしまった。あんな冷血漢じゃなければさぞや女性機関員にモテただろうと、またもやしょうもないことを考え出す。 体を起こそうと腹筋に力を入れるが、まだ傷が塞がっていないらしく、脇腹に鋭い痛みが走る。 「うっ…」 自分の口から漏れた苦悶の声が、やたら痛々しく聞こえた。 でも実際、すんごく痛い。 「目が覚めたか」 横から淡白な声が飛んできた。歪めた顔を声のした方に向けると、氷のような瞳と目があった。今の呻き声で目を覚ましたのだろうか。やっぱりこの人は、バケモンだ。 「あとでエルザに礼を言っておけ。奴が気付かなければ、助からなかっただろう」 そんな私の心中を知ってか知らずか、司令は無表情のままそう言った。 そうだ…エルザが、助けに来てくれたんだ… 「エルザ、どうしてるんですか?」 掠れた声が、自分のものではないように感じる。意思とうまく繋がらない体がとてももどかしい。 「さあ。自室でぐったりしてるんじゃないか?」 司令はいつもの調子で淡々と言葉を返してきた。 ぐったり? その理由がわからず、眉根を寄せた。 「蘇生術に奴の魔力を使った。思った以上に生命エネルギーが要ってな、枯渇するギリギリまで力を借りることになってしまった。明日までまともに動けないだろう」 要するに、エネルギー切れ。私は経験したことないけど、本当に動けなくなるらしい。 でも、なんで? なんでエルザの魔力を使わなければならなかったんだろう。 司令の魔力だけで事足りると思うんだけど・・・ 訝しげな顔をすると、司令は呆れた様子で小さく息を吐いた。 「俺の魔力に、お前が拒絶反応を示したからだ。流し込んだ生命エネルギーの質が体に合わなかったのだろう。エルザの魔力を借りてなんとか収まったが、全く・・・死にかけても正直な奴だな、お前は」 「そ、そんなつもりは・・・」 口を開きながら、自分の顔が真っ赤になっているような気がした。 この人、無表情だけど絶対私をからかっている。お互いのエネルギーの相性は好き嫌いで決まるようなものじゃない事、わかってるくせに。直接言いはしないけれど、私と奴の関係を、彼はこうやって揶揄するのだ。おそらく、規律に反していることを自覚しろという意味を込めて。 けど、嫌味はそれだけだった。司令は口元に僅かに笑みを浮かべて、自分の体を椅子の背もたれに預ける。 「冗談だ。今は、体力を回復させることに専念しろ」 言い方はちっとも優しくないけど、これが彼なりの優しさだというのはよくわかっている。 司令はメンバーに絶対に無理をさせない。それで手が足りなくなったら自分が無理をしてしまうような人だ。 体力ないっていうのに… 「司令…」 だから、考えてしまう。自分の力不足を思い知らされる度に。 「あたし、ここにいてもいいんでしょうか」 自分がこの組織を担う一員であることが、果たして許されていいのか。 彼の元で、自分の我が儘の為に生きることが容赦されていいのか。 自らの至らなさを自覚させられるたびに、罪悪感が私を襲う。 自分が誰かの枷になって生きているというこの状況に、耐えがたい胸の痛みを覚える。 それらは、揺るぎなかったはずの私の「生きる」という意思を、崩壊しそうなまでに激しく揺さぶらせる。 何のために生きているの? 大切な人たちの力になるためじゃなかったの? …じゃあ、今私は何をしているの? その問いの答えに、私はいつも絶望するしかなかった。 「どういう意味だ?」 司令は単調な声で私に問うた。その中に感情らしきものは感じられない。 ただ、彼は気付いていないふりをしているだけで、本当はわかっているのだろう。私の考えていることなんて。 「あたしは今回の任務を遂行しきることができませんでした。そんな…」 司令の顔を見ることができない。 きっとこんなことを言ったら、司令は怒るに違いない。 けれど、答えがほしかった。 「役に立たない者が、これからもここにいて…許されるんでしょうか」 彼からの赦しがほしくて、私はこんなことを聞いている。誰かに引き留めて貰いたくて、支えてほしくて、こんなバカなことを口走っている。 でも、聞く相手がエルザじゃないのは、奴には弱い部分を見せたくないというただの強がり。 私は卑怯な女だ。 そして、自分で答えを出すこともできないような… ほんとうに無力な存在だ。 「役に立つ立たないの問題じゃないだろう」 視線を合わせない私に、司令は抑揚のない声で、でも、言い聞かせるようにそう言った。 「お前はフォルセティの機関員だ。その立場を棄てられる条件は、死以外にはない」 そう。 だから私は、生きることに躊躇いを感じるのだ。 組織にとって意味のある存在だと信じられなくて。 価値ある命だと、自信を持つことができなくて。 「俺の部下としてこの機関に所属している以上、規定に反する退役は認めない」 すごく彼らしい答えだと思った。優しさの欠片すら感じられない命令口調。でも不思議と、その方が気持ちは楽になる。 「そもそも、お前がいなくなったら誰がその穴を埋めるんだ。悪いが人員を補充できるような余裕はないからな。迷惑をかけたくないと思うなら、早く怪我を治して復帰してくれ」 彼はこういう答え方をする人だ。決して、命の重さを語ったりしない。 命を無駄にするな。 この言葉を受け、背負って行かなければならないというのは、私達フォルセティのメンバーにとっては計り知れない重圧との闘いだ。 私達はウィザードの命を奪い、その犠牲の上に生きている。 そういう生き方しか許されない存在だ。 仲間達はみんな、重たい十字架を負っているのだ。奪ってきた命の重みを抱えて、進んでいかなければならない。 たった一つの命が持つ重みは、自らの心を以て充分過ぎるほどに自覚している。改めて指摘されても―していることを考えれば指摘されて然るべきなのかもしれないが―それは必要以上の圧迫にしかなり得ない。 そして、司令は誰よりも多くの犠牲を生み出し、誰よりも強い罪悪感を抱えながら、それでも生きることを選んだ。 そんな彼が語る「命」がどれほど重い言葉として私達にのしかかってくるか…きっと、司令自身が一番よくわかっていると思う。 未だによく掴めない人だけれど、彼は末端の扱い方をよく心得ている。それは恐らく、彼もかつては私達と同じ様に道に迷い、のしかかる現実と闘ってきたからなのだろう。 ただの天才なら、私はこんなに彼を尊敬できないと思う。 「どこぞの不真面目な新米も、お前に触発されて少しは真面目に仕事をするようになったしな。今お前を捨てるわけにもいくまい?」 まあ、だからって性格いいとは言わないけど… 「それは関係ないですってば」 冷笑を浮かべる司令に、膨れて言い返した。 こうして冗談を言っていられるうちは、まだやっていけるかな… ちょっとだけ、そんな気にさせられた。 この人の元にいられること…私は、幸せなのかもしれない。 そう思って彼の顔を見ると、既に見飽きた冷たい笑みがそこにあった。 「自分の力でお前を助けられなくて、ひどく悔しがっていたぞ。あの情けない顔をお前に見せられなくて残念だ」 そう付け加えて腕を組む司令。 この人いい人なのに、なぁんでこんな性格悪いかなぁ… 「結構テキトーなんすね、メンバーのプライベートの管理」 嫌味には嫌味を返す、の原則の元、私は開き直って、禁止されているはずの男女交際を咎めないことを指摘してみた。 彼は小さく息を吐いて、視線を横に向けた。 「俺に迷惑をかけない程度なら好きにしてろ。そんな下らない事に体力を使いたくない」 やっぱりこの人、やたら神懸かってはいるけど、根は普通の男なんだろうな…。 改めて、そう感じた日だった。 まあ、体が完全に回復してから、奴にも礼の一言くらいは言ってやろうかな。 * * * * * あとがきと称した言い訳w なんとなく暗い話が書きたくて思いついた話。エルザサイドもあります。 もっと暗いです。 そして、すごく後味が悪い話ですw 解説入れときますと、ソニアさん19歳、エルザくん17歳。刻印二年前の設定。二人が付き合ってた頃の話です。 ソニアが一人で暗殺任務にあたって、反逆に合い負傷。彼女は治癒魔法使えますが、自分たちの存在を知った人間を生かしておいてはマズイという判断が先行して、残った気力を敵を潰す方に使っちゃったわけです。で、敵の殲滅を確認した時点では既に魔法を発動することもできない程に衰弱しています。 なぜそこでエルザが来たかというと、虫の知らせ。確信は持てないけど、どうしても行かなければならないような気がして行ってみたら彼女が死にそうになっていた・・・という流れで。それを奴は「愛の力v」と言うwそしてソニアは「脳みそに蛆でも湧いた・・・?」と、ものっすごい冷たい目で一蹴。 エルザサイド書くかわかりませんが、彼は自分の力ではソニアを助けることができなかった不甲斐なさと、ものっすごく嫌っているアレックスに力を借りるしかなかった惨めさで沈み込んでます。ずどーん↓↓↓↓↓な状態です。 まあ、それはおいといて。 ソニアは基本的には明るい子なんですけど、それでもフォルセティの正規機関員な訳で、常に悩みを抱えてるんです。相当な量の。 彼女は10歳を過ぎた辺りで誰に言われるでもなく、自分が親元から無理矢理ここに連れてこられたということをなんとなく悟っていました。元々暗殺者として育てられてきたので自分が将来そういうことをして生きて行かなきゃならないっていうのはわかっていたんですけど、それが何のためなのかを悟ってしまった時から、彼女の思考の迷路は複雑化していきました。 親を奪われ、そして自分も同じようにウィザードの命を奪い、生きていく理由は何なのか。そうまでして生きる意味はあるのか。というあたりです。 一度は、このためになら生きていけるというものを見つけているのですが、やっぱりそれも揺るぎないものではなく・・・この後も何度となく挫折しかけます。 深くは掘り下げる予定ないですけど、刻印二部の時点では彼女は壁を乗り越えて確固とした信念の元に生きている状態です。どれだけ圧迫されても、もう決意は揺らぎません。そういうキャラにしてあります。本編では(これ重要) うだうだと語りましたが、サブキャラをあんまり掘り下げてしまうと本当に収拾付かなくなってしまうので、今回はこの辺で。 あ、あと、アレックスの人らしいところがちょっとでも出てればいいなと思います。やらなくていいことはやらないっていう人です。彼は。
01/21 22:05 | 刻印extra story |
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